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| ≪書評 ≪風来 ・読書人週間日誌 | ||
2009年 12月 11日号 |
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■4面 ■5面 ■8面 ◆連載=元気に、出版。出版、元気に。/森 彰英 (もり・あきひで氏=フリーライター) ◆連載=活字シアター<第337回>「天下の公器」を信条に良書出版を貫いて90年の巻<第13回>/矢来神三 |
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今週の書評 |
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著者・書名・出版社・評者 ■4面 思想・学術 ◆ハンス・ヨーナス著「アウシュヴィッツ以降の神」(法政大学出版局)/細見和之(大阪府立大学教授) ◆ダニエル・V・ボツマン著「血塗られた慈悲、苔打つ帝国。」(インターシフト発行・合同出版発売)/川村邦光(大阪大学教授) ◆鎌田東二著「超訳 古事記」(ミシマ社)/田口章子(京都造形芸術大学教授)
■5面 芸術・文学 ◆ハルオ・シラネ、藤井貞和、松井健児編「日本文学からの批評理論」(笠間書院)/中村三春(北海道大学大学院教授) ◆玄侑宗久著「阿修羅」(講談社)/近藤裕子(東京女子大学准教授)
■7面 文化・読物 ◆粟津則雄著「ことばと精神」(未来社)/中村 稔(詩人) ◆西澤泰彦著「日本の植民地建築」(河出書房新社)/鈴木隆之(作家・建築家) ◆可能涼介著「圧縮批評宣言」(論創社)/堀切直人(文芸評論家) ◆坂崎重盛著『神保町「二階世界」巡り』(平凡社)/向井透史(古書店主) |
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風来 |
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スターがどのようなファンによって支えられていたかを知るには、スターが亡くなった時、葬儀に行けばわかると言った人がいる。ファンだった人が参列するからである。▼そこで、石原裕次郎、美空ひばり、尾崎豊、X Japanのhideさんの葬儀に出かけ、ファンの実態を確かめたことがある。4人のうち、ひばりさんの葬儀では青山葬儀所の斎壇に手をあわせることが出来た。 ▼その青山葬儀所では、11月20日に、森繁久彌さんの葬儀告別式が行われたので、出席してご冥福をお祈りしたが、その時思ったのは、落語家の古今亭志ん生師匠のことである。 ▼2人は、共通性があったからである。それは両氏とも満洲からの引揚者で、引揚時の過酷な体験が、戦後における芸の形成に影響しているのではないかと言われているのである。森繁さんは、昭和14年にアナウンサーとして満州に渡り、志ん生師匠は20年に慰問興業に出かけ、敗戦時に帰れず、22年に帰国した。 ▼この体験が志ん生師匠の破天荒とも言ってよい芸を生みだしたというのは、映画監督の山本晋也氏の説である。高座に座っただけで、客の笑いを誘う芸は、引揚の途中で、人間として見てはならないものを見た者の体験が作り出したと山本氏は言う。 |
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| ▼同じことは、森繁さんの芸にも言える。『森繁自伝』(中公文庫)には、見はるかす曠野に沈む紅い夕陽を見て、「気も心も大まかになった」と書かれているが、喜劇からシリアスな芸まで幅広くこなし、国民的スターとなった森繁さんの芸も、志ん生師匠と同じく満州にまつわる体験が作り出したのではあるまいか。 | ||
読書人日誌(11月21日~26日) |
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◆カミュの遺体をパンテオンへ 21日付の仏紙ルモンドは、小説「異邦人」などで知られるノーベル文学賞受賞者アルベール・カミュ(1913~60年)の遺体を国家的偉人が眠るパリのパンテオンに埋葬したいとサルコジ大統領が望んでいると報じた。カミュの交通事故死から50年となる来年1月4日を機に、墓がある南仏の村ルーラマランから遺骨を移したい考えという。(毎日新聞)
<11月25日> 英国の自然科学者チャールズ・ダーウィン(一八〇九~八二年)が進化論を説いた「種の起源」の初版本がこのほど民家のトイレで見つかり、二十四日にロンドンで競売に掛けられ、十万三千二百五十ポンド(約千五百十五万円)で落札された。(東京新聞) |
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◆子規の未発表書簡発見 俳人、正岡子規が大病を患った翌年の1896年、病気と多忙を理由に句の添削依頼を断った書簡が二四日までに見つかった。添削批評料として送られた為替券を「添削の義務が出来るやうに思ハれて心苦しく候」として送り返しており、律儀な人柄がうかがえる貴重な資料といえそうだ。(日本経済新聞) |
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| <11月26日> ◆谷崎潤一郎の書簡確認 文豪の谷崎潤一郎(1886~1965)が、作家で詩人の佐藤春夫(1892~1964)にあてた未発表の書簡を、和歌山県新宮市立佐藤春夫記念館(辻本雄一館長)が確認した。新作の出版を条件にした借金を出版社に仲介するよう、春夫に依頼していた。(毎日新聞) |
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スターがどのようなファンによって支えられていたかを知るには、スターが亡くなった時、葬儀に行けばわかると言った人がいる。ファンだった人が参列するからである。

